誕生日と祖父の死

この間誕生日でした。母からの誕生日おめでとうメールを皮切りに、色んな友達からおめでとうメールを頂き、たまにメールやfbを見て、ニヤニヤしてました。

おめでとうと言われるのは嬉しいもんだな。

実はお付き合いしていた人と少し前に別れ、誕生日一人だなーと思ってたんですが、こっちでできた友達が当日にお祝いメールをくれた流れで、タピオカジュースを一緒に飲みに行きました。

最近できたばかりの人気店が私の家の近所にあり、その人はずっと行きたがってました。私ともう一人の友人とそいつと一緒に行くはずだった日に雪が降って、予定が流れた後に、ふと行きたくなって一人で行ったので、実は私は今回が初来店ではないんですが。笑

タピオカミルクティを飲みながら、最近の話をして、営業終了時間になり、お店を出て、そいつが家に来るかと、言うので、どうしようと迷ってると、

実はその人は私が付き合ってた人と一緒に住んでるんですが、その人は留守にしてるよ、と言うので、んじゃいいか、と行ってきました。

お腹空いた、と言うとオムレツを作ってくれ、

もう一人のルームメイトと三人でダーツして遊びました。

ここの家なんでもあるんですよ、遊び道具が。

そんで家に帰って、寝て起きて、二日酔いの頭を抱えていると、母からのラインが来て、じいちゃんが死んだ、との知らせを受けました。

もうすぐ引っ越すので、その前に今描いている絵を仕上げたくて、部屋にこもって絵を描いているのが最近なんですが、絵を描き始めたらなんとなく、悲しくなってきて、涙ぐんできて、視界が悪くなって、絵が描き進まず。

そんな状態がしばらく続いて、絵が描き進められず、困ったな、と思いつつ、涙を拭いて、続けようとする。それを何度か繰り返したら、ちょっと落ち着いてきました。

私の誕生日翌日の、思いがけず、祖父の死。

なんだこの対比は。

日本出国前に祖父に会いに行って、私よりだいぶ細い腕や足を眺めて、死の気配を感じました。やせ細った姿で病院のベットで横たわる祖父を見て、私もいつかは死ぬんだな、死ぬ前にどうなってたいかな、と自分の人生について考えたのを思い出しました。

私の祖父は第二次世界大戦に兵士として参戦した人でした。

タバコを一日中吸う習慣も第二次世界大戦の時に身につけた、と言っていました。タバコが支給されて、敵に見つからないように木に隠れて、プップッと煙を吐く訓練があったそうです。

じいちゃんはとても話し上手で、話を聞いているとどんどんと引き込まれる話し方をする人でした。

直島のゴミ問題に取り組んだ政治家で、ゴミ処理工場をどこに立てようかと会議しているときに、じいちゃんの島、直島に立てるように、説得したそうです。

もう一つ候補に挙がっている島にゴミ処理場を立てると、50年後に取り壊さねばならず、100年持つ施設を50年後に取り壊すと、税金の無駄ずかいになる、直島に作って100年もつ施設を100年間使えばいい、と香川県市長、や他のえらい政治家さん達がいる前で持ち前の弁舌の良さでスピーチしたそうです。

他の島で作れなかったか、と言うときっとできたでしょうが、誰も自分の家のある島に作って欲しくなかったのが実際でしょう。広い目で見たらどこかに立てなければならず、自己犠牲の精神というか、一歩下がって全体像を見ての決断ができる人で、かっこいいなーと感心しました。

話し方も男らしい、はっきりとした話し方で、声の通る人で、かっこいいんですよね。言うことが慈愛に満ちているから怖くないし。

結果は、直島にゴミ処理場が作られ、じいちゃんは鳩山総理の時の天皇に表彰状をもらっていました。

そのゴミ処理工場が原因かは分かりませんが、じいちゃんの息子、私の母の弟は喘息持ちで、幼少期に直島で過ごさずに、島を一時離れて過ごしていた期間があったそうです。

晩年は、老人ホームを建ててそれの利益と、年金で生活をしていました。

年金は確か政治家ともう一つ、合計二つルーツがあったように思います。ある時にそれらを見せられて、じいちゃんは政治家に払う給料を減らすように言ったんだ、だから年金が少ない、けどそうあるべきなんだ、と言っていました。

私がある時直島に遊びに行った時に、おこずかいをくれたんですが、こんなにもらっていいのかと遠慮すると、自分の年金明細を見せて、じいちゃんは少ないがちゃんと収入があるから大丈夫だ、と言うのです。そこまで具体的には聞いてないのに、ちょっとおかしかったな。

あーあ、もっと色んな話が聞きたかった。

最後に会った時は私のこと認識してなかったようで、私のことが誰かわかるか、と聞くと、分からんと首を振るのです。

私はいつまで自分の好きなことができて、ちゃんと頭もはっきりして、好きなものや人のことを覚えていられるのかな。

うまくいかなかった人間関係は忘れたりなんかして、さよならしなきゃいけないのだけれど、やはり悲しいよな。

今住んでる家だって、いざ引っ越すとなったら、一時は無視したかったルームメイトもそんなに悪くなかったかな、なんて思い出したりしました。

次に引っ越す先は決まったんですが、そこもそれなりに問題もちらほら見え隠れしていて、自分の気持ちで無理であれば、それを基準にどうしたいか決断したらいいんですが、たまに自分は本当に正しい決断をしているのか、分からなくなる。

だって正しい選択をしているのなら、もっと私の人生は豊かなはずでしょう。

正直なところ、何をすることにしても、いつも問題は見つけられるのだと思う。だって完璧なものなんてないもの。まず私が完璧ではない。

海外にひとりで来て、大して知り合いがたくさんいるわけでもないし、頼れる人もいないし、勝手も分からないし、お金がたくさんあるわけでもないし、言葉も日本語ほど完璧に分かるわけではないし、最近悲しいことが続いて本当に久しぶりに病んできたかもしれない。

でも感情に任せて物事を決めていると、先に進めないから、とりあえず、今描いてる絵をさっさと、引っ越す前に仕上げよう。

やっぱ今現在やらなきゃいけないことをしっかりやってたら先はひらけてくるでしょう。

辛いよねー。でも生きてかなきゃいけないんだよー。

すいません、大丈夫と言って励ましてくれると嬉しいです。それだけで無理矢理にでも頑張れます。


3 Replies to “誕生日と祖父の死”

  1. 大丈夫よ。人生には良いこともそうでないことも色々いっぱいあるんやから。成功も失敗もしかり。人間は色んな経験を経て成長していくんだ。最初から全部が上手くいく人なんていやしない。その時その時に真剣に考えて、自分が一番いいと思う決断をすればいい。大丈夫。大丈夫。

  2. [積極的精神」が一番大切であります。
    あれこれストレス貯めこんだりすると、本当に病気になっちゃうから気を付けてねん。
    大丈夫、大丈夫!!!

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